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父の背中が霞む夜

四畳半的生活様制作のゲーム、ULTIMATE FACTORYの二次創作です。



淡黄の光が色とりどりの紙に透けて、でたらめに鮮やかな光景が目の前に広がっている。近くに、遠くに、太鼓の音が重く響く。笛の音が高く鳴る。
黒い空にチカチカと浮かぶそれらはまるで別物で、耳にも目にも忙しなく瞬いていた。人混みと砂煙、茶色ばかりだったいつもの市場とは大違いだ。
「わぁ…」
足元では小さな姿が二つ、工兵以上に口をあんぐりと開けて見上げていた。大きな目を丸く輝かして、空に吊るされた提灯のように顔を輝かしている。
「全然違うね」
ぽつり呟いた慶洋の言葉に、勝臣がこくりと頷いた。その目はやはり真っ白な皿のように光っている。只々呆然としているようだが、しかしそこは期待で満ちていた。

空の明かりに、足元の明かりに、照らされ工兵自身も笑う。自分もまたこんな風だったのだろうと。年の割に老けた感慨に口を緩める。そしてそれに間違いはなく、この歳の今でも、慣れない浴衣に包まれた胸は期待に弾んでいた。
何年ぶりだろうか。こうして、家族と一緒に祭りに来るなど。

彼らにとって縁日は初めてだが。工兵にとってもまた、本当に久しぶりのものだった。
一度だけ、たった一度だけ連れて来てもらった事があった。それももう何年も昔の事だ。たった一度の縁日。もう二度とはない、あの家族でのお祭り。
どんな祭りだったか、何処の祭りだったか、どれもまるで覚えていない。ただ一つ覚えているのは、朧げにでも確かに、幸せだったという記憶だ。

何がどう、というものではない。祭りの時間というのは、それだけでウキウキと胸が躍るものだ。大切な人といればそれだけで、太鼓囃の音に乗せられて楽しくなってしまうものだ。

工兵がちらと横を覗いた。穏やかに笑う父の姿が見えた。父、といってもそれは、先まで思い出していた姿とは違う。年も、背格好も、顔つきも、どれも自分とは似ても似つかない。しかし、それは至極当然な事だ。彼と自分とは本来、縁もゆかりもない赤の他人なのだから。

「見事なものだな、これは」
日頃着慣れた浴衣とは違う、僅かに模様の光る格好で大和が言った。ゆったりとした造りが、がっしりした体躯に見合っている。いつもより彩のある浴衣を着た大和だが、周りの鮮やか過ぎる程の景観は、彼を殊更に落ち着いて見せている。
「そうだね、なんだかもうここまで来ると、ヤケって感じもするんだけど…」
「若いのは勝手が分からんのだろうなあ。まあしかし、これだけの事が出来るようになったという、一種の自己主張のようなものなのだろう」
「え、あ、あぁー…」
馬鹿騒ぎとしか捉えていなかった工兵が、間延びした声を出して辺りを見回す。戦争が終わり数年、これは水鳥羽の一つの節目なのだろう。
「騒がしすぎるくらいで丁度いい」
「すぎる、のに?」
「ああ。先人への遠慮で凝り固まり過ぎるよりは、不恰好でもやりたいようにやった方がいいだろう。それにな、俺はこれから先、この子達は一度と二度とはなく、こんなように騒げるような…」
柔和な顔で大和が瞼を細めている。その目は辺りを駆ける子供達の背を、手は傍にいる慶洋の頭にある。どこか遠くを見ているような顔だった。それが過去なのか、未来なのか、工兵には伺えない。
「こんなように、楽しく笑っていられるようで、あって欲しいんだ」
時折見せる、元自衛官の顔。まるで罪人であるかのような顔。隠しているようだが、決して消えはしないその痛ましい姿に、工兵がぐっと拳を握った。

「うん。うん…そうだ、お祭りなんだから…。…よし!」
キリと声上げ手を前に出す。大和の傍、うずうずしている子供達の肩に手を掛ける。
「どこから行くか、なーんでも、兄ちゃんに任せろ!」
祭りの案内など何が分かるというものでもないが、自分に発破をかけるようにして工兵が言い切った。見上げる二人の視線に、胸を叩いて返す。その姿に、いいのか、食うぞと。大和が耳元で被せた。
「遠慮なんかするんじゃないぞー!ワタアメ、金魚、えー…焼きそば…なーんでも買ってやる!」
僅かな記憶と知識の中から、祭の楽しみを言葉にしていく。その一つ一つに、二人の顔がますますと輝いた。
何事にも子供らしからぬ遠慮を見せる慶洋が、少し悩んだ素振りで父を見上げた。釣られて、勝臣も視線を同じくする。
工兵の横、どっしり構えた大和が頷いて、今度こそ顔にパッと明かりがついた。
「あ、の。僕…わたあめ…って、食べた事ない」
「…うん」
「よーし!」
高くはない背をピンと伸ばし、人の頭越しに辺りを見回す。わたあめ、と書かれた青い看板は、幸運なことにすぐに見つかった。
「お、あった!さぁー行くぞー!」
両手にそれぞれ二人の手を取り、駆け足気味に下駄を鳴らす。大袈裟な程に、騒いでみる。
「義父さんも、早くー!」
「こらこら、別に急ぐ必要はないだろう」
言葉ではそう言ったが、大和の口元もまた静かに笑っていた。



普段の影に隠れがちな性格はどこへやら。
一度走り出した後は、それはもう激しいものだった。
腕を引き、脚を走らせ、鮮やかな看板に吸い寄せられるように、次々と駆けていく。
「次、次あれがいい」
縁日を初めて味わう身には、どの屋台も珍しいものに写るのだろう。わぁわぁと騒いで前を行く二人は、年より尚幼げに見えた。混雑の中はぐれないようにと握った両手が、ぎゅっと引かれて痛む程だ。

倒れない射的に騒いだり。
熱々のフランクフルトに舌を焼かれたり。
駆矢の屋台では、愚痴と客寄せまで手伝わされた。
「遊ぶなー、お前達」
汗を拭いながら、しかし嬉しげに、首に掛けた手ぬぐいで汗を拭く。縁日を前にした子供達がこんなにも凶暴だとは。自分も曾てこんな猛獣だったのだろうかと。あの時の父の苦労を思い出す。
「あ、勝臣くん、顔、こっち」
勝臣は近頃、以前にも増して叔父の轍臣先輩に似てきた。何がしたいと工兵が聞けば、そのおねだりの殆どで「ん」と呟きめし屋を指差す。今もまた、ソースでベタベタした口周りを拭ってやっているくらいだ。
「勝臣くん、大きくなっても…あんまりお酒ばっか飲んじゃだめだよ…」
「?」
「いや、うん、なんでもないよ…、ん?」
拭う頬が横を向く。その視線の先へ工兵が振り返ると、金魚すくいに精を出す二人の姿が見えた。
破れた紙と、悔しげに口を窄める慶洋を見て、大和が「どれ」と腕を捲る。水槽に身を乗り出すと、大きな姿が影になり却って見辛くなってしまったようだ。眉をしかめて手を動かしたが、結果は慶洋以下に終わったようだ。
大和は悔しげだが、いつの間にか慶洋は面白そうに笑っていた。パシャパシャと、臭い水の匂いすら楽しげに香ってくる。
「……お父さん、仕事早く終わるといいんだけどね」
すぐ横、楽しそうな親子を静かに見つめている勝臣に声を掛ける。決して寂しいとは口にしない小さな体を、ぽんぽんと優しく撫でてやる。
すいません、勝臣だけでも…よろしくお願いします。そう頼んだ父、義臣の額には夜だというのに汗が玉になっていた。彼自身、きっと自分で案内してやりたかっただろうに。今この時くらいは、不在の父の代わりとして何でもしてやりたい。そう思う反面、出来ることは数える程度だ。
やはり特別なのだ。父と、子は。

「あ」
工兵の半分もない背丈で、どう見つけたのだろうか。最初に声に出したのは勝臣だった。
この場にそぐわない高そうなスーツ、それに皺を作って男がこちらに手を振り駆けてきた。普段はかっしりと掛けられた眼鏡が、僅かに曲がって見えた。
「す、スイマセン!遅くなりました」
「義臣さん…、遅くって…」
浴衣を捲り、腕時計を見る。聞かされていた予定時刻はまだ来ていない。
随分と早いみたいですけど…。
口にしかけて、飲み込んだ。
それは、大人の都合での話だ。
いつの間にか義臣の傍、ぎゅっとスーツを握った勝臣が見えた。頬は膨らみ、瞳はいつもよりも鋭い。拗ねているようにも見える。しかしその顔は、傍目にも嬉しさが隠せていなかった。どんな食べ物を前にした、その時よりも。

よかったね。
そう言っても、素直には首を振らないだろう。
「あー、うん、悪かったなぁ、悪かった」
「だ、大丈夫ですか、義臣さん…」
「ええ、もうほんと大丈夫、大丈夫です。ご迷惑お掛けしました、本当に」
「いえ、そんな、勝臣君ずっと良い子にしてましたよ」
胃袋以外は。
汗だらけのまま息子を撫でる表情に、その言葉もまた飲み込んだ。




辺りには未だに喧騒が残っている。人の波が消えたわけでも、太鼓の音が止んだわけでもない。しかしスッと、耳には静けさが染みていた。
「ちょっと、意外だったね」
勝臣くんがいくなら、僕も。
存分に甘えたからだろうか。驚くほどにあっさりと、慶洋は父から離れてそう言った。
「お父さん、お父さんと、まあ騒がしかったものなんだがなあ」
しみじみと言うその横顔には、嬉しそうな表情と寂しげなものが二つ浮かんでいた。友人と繋いだ手の逆、自由な方を兄と父に振りながら、にこにこと笑って去ってしまった。
「積極的になったよね」
「まあ、喜ぶことなんだろうな…うん」
言い聞かせているような姿が、少し可愛い。言えば必ず睨み返すであろうことを考え、工兵が小さく口を緩めた。

「どれ、工兵」
慶洋の後ろ姿がすっかり見えなくなり、大和が振り返り工兵の名を呼んだ。
慶洋は義臣さんが家まで送ってくれるという。二人がするべき事は殆どない。後は、工場までの長くはない道をでのんびりと帰るだけだ。
「どこか見て回りたい処はあるか」
「え」
しかし、大和が口にした言葉は、工兵の予想とまるで違っていた。子供達もいなくなり後は当然帰るだけ。そうとばかり思っていた工兵が、ぽかんと口を開ける。
「そうだな、まずはあそこの三色タイヤキとやらでいいか。好きだろう、お前」
焦る工兵の返事を聞かずに、大和がさっさと奥へ、人混みの中へと歩く。
「え、あ、い、いいよ…義父さん!俺もうそんな年でもないし…。わ、分かってるだろ!」
「遠慮なんかするんじゃない。だろ」
弟達の背を押す為に言った言葉が、そのままに大和から返された。追いかける工兵の顔が、提灯の灯に赤く染まる。
遠慮、その言葉はまさにその通りだ。本当に興味がなかったわけではない。
見透かされていた。はしゃぐ子供達を世話しているようで、あるいはそれ以上に浮かれていた。手を離す訳にもいかず、結局工兵は自分の為の買い物は一つもしていない。これだけ光る屋台を前にして。確かに一片、残念には思っていた。その気持を。
全て透けて見られていた。それが気恥ずかしく、悔しくあるが、しかし同時にムズ痒い嬉しさがあった。
「ほら…、親父にはちゃんと甘えるもんだ」
「え…でも、…あ、…あの、じゃあ…ちょっと…だけ」
焦げた餡子の匂い。甘い好物の匂いが、最も愛しい人の手から差し出される。大きくブ厚い手に三つ。ほんのり違う色の透けたタイヤキを受け取り、齧る。
「…おいひ…」
義父はもう憶えていないだろうが、初めてここに来たその時も、こうして彼に手渡された。甘い甘い、大好物の餡子の味。あの時以来、さらに好きになった味。
「さ、行くぞ」
ポンと肩を叩いて、大和がさらに奥へ足を向けた。まっへよ、まっへ。もごもごと口内に頬張りながら、手には小さなタイヤキを持ちながら、先行く大和と肩を並べる。その姿が子供のようだったからか、大和は横を向いて小さく吹き出していた。


子供の姿もなしでは、やはりどうにも照れくさい。遊戯屋台にはさすがに手は出せず、一つ二つと、鼻をくすぐる屋台飯を選び、その食べ慣れない味にああだこうだと語らうだけ。
普段の市とそれ程変わりはないが、普段のそれよりどこか距離が近い。これもまた、祭の持つ独特の雰囲気のせいか。親子の仲になってから却って減った子供扱い。悔しいはずのそれが、随分と心地よい。
父と一緒に祭に来るなど、もう永遠に無いことと思っていた。夢見ることすらしなかった。それが今、目の前にある。

匂いと音に惹かれて、次々と。弟達を離さない為にとしっかり繋いでいた指を、今度は屋台を指すのに使う。我慢を重ね、閉じ込めていた我侭。それがもぐもぐと口を動かすう度、あれもこれもと溢れて出る。
「義父さんも、ほら、美味しいよ」
「いやぁ、俺は…」
合成着色料の眩しいかき氷を、渋る大和の口へ強引に詰め込んでやる。「兄ちゃんまだまだ甘ったれだな、父さんも大変だ」屋台のおじさんの尤もな指摘に、工兵以上に大和が赤くなる。
手こそ繋ぎはしないものの、先まで連れ立って歩いていた姿とはまるで反対だった。


「夜も随分だが、増える一方だな…」
屋台の並びはやはり乱雑で、いい加減な提灯の並びも合わせ、そこかしこに隙間と暗闇が差している。人の混雑を避ける内、大和の体がその一つにすっと吸い込まれた。
ほんの少し本道から外れただけだが、まるで別物のようにそこは暗く、太鼓囃子は掠れ、人の姿は見えなくなる。
工兵の目の前には暗い木々と、もう一つ。大和のどっしりとした体だけが、提灯の灯に半身だけを照らしていた。
示し合わせたようにその太い腰が振り向いた。
逸れてはいないか。父としてのすべき当然の事、確認のようなもの。
決して他意はない。しかし、その僅かに不安げな表情と、折れた浴衣から見えた首筋に、妙なくらいに誘われた。引き込まれた。見つめてしまった。

別段、大きなきっかけだった訳ではない。
その瞬間までは確かに、ただの義理の親子の仲だった。それが幸せであり。それで満足出来ていた。

「ん、どうした、工兵」
足を止めた大和とは、すぐに距離が縮まった。固く分厚い指を、絡めて取って掌を合わせる。
「…こ、こら…、これは…さすがに…、なぁ。恥ずかしいだろう」
甘えている。と受け取ったのだろう。慶洋にしていた手前強く断る事はせず、しかしさすがに大の男が手を繋いでいるという状況に頬を染める。目は忙しなく、辺りを見回す。
その姿に胸を掴まれ、背は押された。
「義父さん…ちょっと…」
ぐいとやや強引に、工兵が腕を引いた。今まで歩き回っていた場所とは逆、光に背を向け足を進める。
「なんだ、…何があるんだ」
「…なんにもないよ」
訝しげに聞いた問いに、答えはすぐに返ってきた。しかしその内容は、大和の首をさらに傾けるものだった。
「だったら、こんな…」
真意を知ろうと、大和が息子に聞き直す。返事はなかった。しかし、振り返った工兵の顔に、その答えはあった。

そこにあった顔は、先までの穏やかな表情でも、子供のような笑みもなかった。
「義父さん…」
工兵が腕をさらに引く、浴衣の生地同士が擦れ合うような距離に、二人の顔が近づいた。溢れた肉と指が触れ、互いの感触の熱が伝わる。
間近の顔は、男の顔。それも、飢えた雄の表情だった。

「こ、工兵…、お前…」
大和は迷いがちに目を伏せ、ある種悲痛な声で工兵の名を呼んだ。何を言わんとするのか無言の中に分かってしまったと、顰めた眉はそう言っている。こんな時、威厳を持って返さない。返せないのが、悪いのだ。互いにそれは分かっていた。

父と呼ぶその言葉に偽りはない。しかし同時に、この衝動も紛れも無い真意だった。彼と自分とは、真の親子ではなく、しかしだからこそに親子以上の深い部分を分け合っている。
わずかに届く祭明かりに照らされ、工兵の顔が緩く影を作る。
「一回…だけ」
「しかし……そんな…」
「そしたら、収まるから」
「…う…ぅ…」
その言葉に観念したのか、あるいは言い訳として不足ないとしたのか。大和は伏し目がちだった目を、すっと閉じた。太い眉が緩くハの字を作り、大きな体躯をくの字に曲げる。
背丈にも、体躯にも差のある二人が重なるとき、決まって大和が膝と背を曲げる。それが悔しくあり、そして同時に嬉しくあった。
そんな姿にもう我慢などできず、工兵は齧り付く様に唇を合わせた。
屋台で齧った塩っぽい匂いが、甘い味の残る口と混ざり合う。広い背中、回した腕が薄い浴衣の生地を濡らす。工兵の舌に合わせ、刻む様に震える大きな姿が愛しい。
ぬるい唾液が混じり合って、とくとくと熱いものに変わっていく。飲み込んだ唾液が熱い。まるで熱した湯でも飲むようだ。
体が芯から火照っていく。

「…ッハ…ぁ」
唇を離し、目を開ける。目前の顔は、閉眼前に見た表情とはまるで変わってしまっていた。
赤く染まり、眉は緩み、小さく開いた口からは湯気のような息を吐いている。
強く抱き締め過ぎた浴衣は、脱がそうとした訳でもないのに乱れていた。僅かな乱れだが、しかしその微かな差だからこそ、立派な工場長の姿との差異が魅力的に思えた。
「こう、へい…」
堅物な男の口から出た舌足らずなその声に、熱に浮いた頭が耐えられる道理もない。
一回だけ。
つい先刻に口した約束を、同じ唇で裏切った。
「ん…むぅ」
ごめん、ごめん、ごめん、義父さん。
一瞬だった。しかし容易く破ったわけではない。何度も何度も、工兵は頭の中で謝罪して、しかし舌の動きは彼を責め立てた。
彼に心から好いて欲しい。それは、工兵の人生の命題とも言える程に大きなものだ。しかしまた、彼を芯から欲しているのも誤魔化しようのない事実だった。そうして二律背反に立ち向かうときはいつも、若者の下半身の欲望に打ち負けた。

「む…ぅ、…っう」
二度目は拒まれて然る可きなのに、大和の口はそうはしない。一度目よりさらに柔らかく、急いて動く工兵の舌を受け止める。それがまた、この欲望を助長する。
互いの熱が、一度目より熱く感じた。
乱れた浴衣がさらに崩れ、摺り合わせた胸の鼓動までが伝わって来るようだ。密着させた体からは、唾液だけでなく汗までも一つになろうと貪欲に息が聞こえた。

もっと、もっと。欲望で体が前のめりになる。上半身だけでなく、四本の脚が絡み合って草土を踏みしめる。
割って入った股ぐら、工兵の腰に浴衣とは違う感触が届いた。
「っ…ハァ、…義父さん…」
「ぁ、…ち、違うんだ…これ…は」
張りのある腹と、丸太のように固い太もも。その間、小さなブリーフの生地が、固い。そこは、熱に浮かされている工兵以上に熱く、僅かな生地を押し上げていた。触れた工兵の腿を押し返していた。
たまらずそこに、手を伸ばす。

「駄目だ、これ以上は…本当に…」
「でも、義父さん…こんなにして…」
「いや、…駄目…だ…。こ、こんな、ところでは…」
言葉尻は、目を逸らして言った。何年と一緒にいるからだろうか。大和の体から沸く欲求が、彼の生真面目な性分にそぐわない程だと知っているからだろうか。言外の意味が、工兵には容易に読み取れてしまった。

抱き締めていた体を、今度は強引に、連れ去るように引っ張った。
乱れた浴衣を直させもせず、暗い深い道へと進む。
祭の明かりが薄くなる。太鼓の音が小さくなる。その度、胸の鼓動は大きくなる。
繋いだ分厚い手が、熱い。
慶洋達の手を引いて、大和に惹かれたこの体が、今は大和を引いている。
父として、立派な姿でしっかと立っていた体が、今は子供のように自分に連れられている。
たまらない。口内に溜まった唾を、もう何度となく飲み込んだ。
もっと深くへ、けれど今すぐ。
歩みは脚を進める度に早くなる。しかしそれに、大和も何も言わない。フラフラと、息子の慶洋以上に頼りない足取りで付いて来るだけだ。


やがて、辺りに聞こえる音は、二人の乱れた足音と、背後の大和の荒い息遣いだけになった頃。
もうここでいいだろう。何も聞かずに、目星をつけた太い木に、押し倒すように大和の体を押し当てた。
「ここなら、誰も来やしないよ…」
三文小説のような安い台詞に、胸の奥がさらに高く熱くなる。
誰もこないから、安心して欲しい。
誰か来そうだから、怯えて欲しい。
矛盾した二つの気持ちで、不安げな大和の体を撫でていく。

それが分かっているのか、大和は苦悩の面持ちで、しかし体と頬は官能的に赤らめ歪ませる。
「義父さん…、義父さん…!」
帯の上から手を突っ込み、浴衣の生地をただの布に変えていく。乱暴に波打ち、帯が緩み、前だけを晒した、欲にまみれた汚れたものに変えていく。
「あ…ぐ…ぅ」
白いブリーフの感触は、時を置いて尚衰えていなかった。それどころか先以上に、先端を湿らし鼓動していた。包むように握ると、染みが一層大きく広がる。
「義父さんの、すごい熱くなってる…」
「ば、馬鹿…なこと言ってるんじゃ…」
その大木にわざと引っ掛けるようにして、白い布地をゆっくりと降ろしていく。
びたん。
腹を打つ音が、太鼓の音のように耳に響いた。ブルンと震えた肉棒は、汁を飛ばしてその開放を喜んだ。
「やめ…やめてくれ、そんな」
「でも、こうしないと…気持ちよくなれないよ…」
ゴツゴツとした肩に、二の腕に、ただ引っ掛かっているだけの浴衣。腿へ下げられたままの白いブリーフ。あんなに立派だった父が、ただの卑猥な雄へと成り下がっている。
その淫靡な光景から来る興奮のままに、太い肉筒を上下させる手をより一層に深く素早く動かしていく。
「ん…ぉ、おお…!」
待ちわびた刺激に、堪えていた声が吐息と共に吐き出された。右手に熱い先走りが、ぬちゅぬちゅと音を立てて広がる。服の次、威厳を直に剥いでいく。
「ふっ、…ふぅ…ぐ…んん…っ」
膝が震え、木の幹をずるずると下がり落ちる。その頼りない大きな体を支えながら、肉棒以上に湿っていく体に舌を這わす。
「っ…!工兵…、…う…ぁあ、そんな…舐めっ…」
逞しい胸、少し出た腹、固い下腹部を通り、やがて顎が陰茎に触れる。斜め上へ伸びたその枝を、とくとくと垂れる雫ごとに強引に頬張った。濃い草の匂いに囲まれて、それ以上に濃い雄の匂いが口から鼻へと通っていく。

「ぁああ、ァァ…、駄目だ…、だ、駄目…」
工兵の姿が視界から消え、大和の濡れた目に小さな雑木林だけが広がる。
こんな誰の目が届くかも分からぬ場所で。
陰部を露出させた淫らな格好で。
愛すべき義理の息子に。
「は、う…おぉぉ、俺は…なんて…こと」
なんて事をしているんだ。させているんだ。しかしその禁忌に触れているという震えが、大和の全身を快楽となって渦巻いた。男根を包み込む息子の舌に、操られるように腰が揺れる。
「ああ、もう、離し…ああ…!」
厳しい顔が崩れ、筋肉が弛緩する。意識が引き込まれる。
生ぬるい舌が離れていくのすら、口惜しい。しかし、拒絶の言葉の真意はもっと浅ましかった。まだ、出したくない。もっと味わいたい。そのためだ。

「ねえ、もっと甘えさせて、義父さん」
「…こう…へ…」
その子供染みた言葉は、まるで似つかわしくない表情から放たれた。つい先、大和の肉棒をしゃぶっていた口から。大和の口から出た言葉を、また再び彼に返す。子供じみた声で、子供には決してありえない言葉を口にする。
「俺、義父さんが自分で慣らしてくれたら、嬉しいんだけどな」
曖昧な表現は、しかし確かに大和に意味を伝えた。大和の後ろ、幾度かの交わりですっかり性器としての味を覚えたそこを指でなぞる。
ゴクリと、太い喉仏が蠢く。
息子の刺激に使い方を思い出させられたそこは、卑しくもヒクヒクと収縮を始めていた。
「見せて、義父さん」
甘えるようだ言葉は、抗う事の出来ない命令のように大和の耳に届いた。
工兵の指の隣、ヒクつく自らの穴へ、己自身で指を伸ばす。

「あ…ぐ……ぅ」
他人のモノではない。初めての感触に、初めての呻き声。工兵はただ視覚と聴覚だけに意識を集め、その痴態を瞼と鼓膜に焼き付ける。
まだ足元に引っ掛かっていたブリーフから足の一本を抜く。残った片一方には下着をぶら下げたまま、どっしりと肉の詰まった尻を落としていく。
「ぉ、ぉぉ、…ぉ。 ……こう…、か…? これで…い…のか…?」
義理の息子を見上げながら、自身の指で女のように己を慰める。
足をOの字に折り曲げ、ぐにぐにと体を快楽へと沈めていく。
布切れ同然の浴衣から覗く胸、少し出た固い腹。
目は細く、眉は下がり、口元にはうっすらと涎が垂れている。
工場長の威厳も、父の尊厳も何も残ってはない。貪欲な姿がそこにあった。

その光景だけで達してしまいそうだった。
「いやらしいよ、すげえヤラしい…!」
「う、おぉあ!工兵…いきなり…そんな…!はっ…あ゛…!」
堪えきれず、工兵の指も大和の指と重なり奥へと侵入する。
二種類の指がそれぞれ、全く別の意思で尻を暴れまわる。自慰と愛撫を同時に受けるような感覚に、大和が低い声を強ばらせて哭く。
「義父さんの、全部…全部欲しい…!」
叫び終わるより早く、工兵は大和の指ごとに自身の指を抜き去った。限界まで張り詰めた己の一物を、まだ呼吸をしている大和の大きな尻へと当てがう。その柔らかく、大きな肉を、許可もなく貫いた。
「はっ…ぁ、こう、へいぃ゛……!」
「…気持ちいッ、義父さんの中…、スゲエ気持ちい…!」

息子に己の体を許している。その倒錯的な快楽が、大和の中で再び燃え上がる。
真面目一途に生きてきた人間には、辛すぎる言葉だろう。しかし、
「義父さんの中、熱い、もっと!もっと締め付けて!もっと!」
その言葉の度に、苦悶の声と表情と共に、
「うう…ぉぉぉ!…当たる、当たる…う!!」
歪んだ表情には、もっとしてくれ、もっとと。そう浮かんでいた。

一突き毎に壊れていく。吹き飛んでいく。倫理も、理性も、羞恥心も。
「そこ、あぁあ゛…!そこを、もっと…!」
「こう? これがいいの、義父さん…!? 」
「あ、あぁ…ぁぁああ!…はっ、んん…っ!」
ぐりぐりと叫び、ねだり、己から息子の肉棒を飲み込む。そんな乱れきった義父に応え、腰をより一層深くに突き入れる。大和が最も大きい雄叫びを上げる場所を、擦り上げる。突き上げる。
「はっ…ぅ、すげ、も……もう、義父さん…俺…もう……!」
「ああ! 俺も……だ…駄目だ…ぉおぉお、おぉお…っ!」
興奮の沸点はとうに過ぎた震えが、重ね合った体から直に伝わる。
「ぉぉぉ、おぉお、う…ぉぉぉおお!!」
雄叫びが頂点に達した時、工兵の腹に熱い、熱すぎる粘液が飛び散った。
「あ、あ、あ、あ…」
達してからも、まだ終わらない快楽の余韻。その途切れ途切れの叫び。その度全身を快楽が掛け、真っ白な熱が二人の間を巡っていく。
ツンと鼻をつく栗の花の匂いが、雑木林の中に広がった。




頭を掴む指は、父のように撫でるようであり、子供のように縋るようでもあった。
熱が冷めていくのが男の性というものだ。荒く乱れきった息が収まるにつれ、冷静になった頭で工兵はまた、大和に何度も謝罪をしていた。
謝罪代わりに、肩に掛けた手ぬぐいで大和の肌にこびりついた精液と汗を拭ってやる。
「…義父さん…、た…立てる…?」
「……」
まだ夢うつつ。大きな腹を上下させる大和は、首を縦に振ったものの立ち上がる素振りを見せない。
「ごめん…なさい。無理させちゃって…」
我侭ばかり口にした。連れ込み、脱がせ、慣らさせ、強引に奪った。随分な息子だ。彼には本当に多くのものを貰ってばかりだというのに。
「…工兵…」
「は、はいっ」
飯抜きだろうか。夜間外出禁止だろうか。怯える工兵に、大和は工場長の声色のまま上体を起こした。
「……その…もう少し、ちょくちょく甘えてきなさい」
「え…」
強ばらせていた体から、力が抜ける。想像とは正反対の言葉だ。甘える。とはつまり…。
「……。あ、いや、違う、違うぞ。そういう意味ではなくてだな…」
ポカンとしたままの工兵に、大和が慌てて言葉を付け足す。
「こ、こんな風にばかり発散されては…その、俺の…威厳…違う、体がだな…。と、とにかく、ちょくちょくガス抜き…、いや、抜き…じゃなくて…だ…、だからぁ…その」
赤面して、目をあちらへこちらへ動かし、単語を探りながら口を動かす。
説得力がない。普段の工場長の声色だが、まるで頼りない口調だ。
「い…行くぞ…」
言葉にするのを諦めたのか、土の付いた浴衣を無理に羽織ると、大和が力任せに工兵の腕を引いた。
腰に来ているのだろう。のっしと歩こうとしているようだが、覚束ない足取りだった。


戻ってきた場所、自分たちを押し出した人の群れは随分と数を減らしていた。
「結構、経ってたんだね」
「余計なことを喋るんじゃあない」
前を行く首が、赤い。とにかくあの痴態を思い出すのが恥ずかしいようだ。

さして長く歩く必要もなく、工場への道が眼前に広がった。祭の中よりも、その出入の側に人が多い。祭も、もう終わり間近だ。鮮やかな光景も、どこか寂しげに見える。
あの時も、こうして寂しく思ったのだろうか。子供の頃の、思い出の風景が重ならない。最後まで、過去の祭はぼんやりとしか思い出せなかった。父の声、母の姿、どれも時が進む程、ぼやけていく。

寂しくはあった。しかし、悲しくはなかった。
そう思えるようになったのは、やはり前を行くこの人のおかげだ。きっと。
新しい家族を与えてくれた。この父の。

「…分かったよ、義父さん。もう少し、ちゃんと甘える」
「いや、わ、分かったのか…!?」
「俺は義父さんの言ったとおりの意味で返したよ」
「…っ、う、むぅ」
聞き返せば、ますますどつぼに嵌まりそうだ。口をへの字にして、大和が唸った。

工場の姿が夜の中でもはっきり見えた。とりあえずまずは、二人で風呂に直行だろう。匂いを落とし、汚れを洗い、そうして温かい布団に寝転がる。
けれどその前、背中でも流しながら、もうひとつくらいの我侭を言わせてもらおう。前の大きな背中見ながら、工兵は下駄を楽しげにカランと鳴らした。









  1. 2010/05/26(水) 21:51:46|
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